医師や検査機器不足の地域に光。進化続ける人工知能診断システム
人工知能による診断が医師を超えるとき
ビッグデータに対してディープラーニング技術を適応することにより、進化した人工知能の応用が、飛躍的に拡大してきている。医療の現場では画像診断や病理診断への応用が実用化されている。ディープラーニングは、人間の脳の機能と構造を模倣したニューラルネットワークを応用した機械学習の方法である。人間の学習速度をはるかに超えるスピードと量で、人間のように学習していくのである。
最近の日本ではCT画像での癌の見落としが社会問題となっているが、ディープラーニングで学習をさせた人工知能の応用が画像診断での見逃しを減らす突破口として期待されている。専門領域が細分化された最近の医師は、自分自身の専門領域の画像所見の解釈は得意であるが、専門外の領域になると見逃しのリスクが高くなる。
大量の画像データを病院が入手することに対して、患者のアウトカムに影響を与えるような見逃しを防ぐには、放射線科医の読影を必須とすべきであるが、医師偏在の影響で困難となっている。日本には多くの病院があるが、その数に比べて医師の数が少なく、しかも大都市に医師が集中してしまっている。このような背景から、日本の医療機関における診療画像の読影については、人工知能の実用化が加速すると考えられる。
診断推論での応用
画像や病理以外では、皮膚科での皮疹や眼科での眼底所見の診断に人工知能が応用されてきている。実際にアメリカでは、皮膚癌の診断や糖尿病患者での網膜症のスクリーニングの目的に、人工知能が利用されている。皮膚科の診断トレーニングではもともとパターン認識の要素が強いため、ディープラーニングによる機械学習によく合うのだ。
では、臨床医の診断推論への応用はどうであろうか。臨床医は、問診による患者背景や病歴の情報収集に加えて、診断仮説に基づく診察と検査を行い、鑑別診断を挙げ、診断を絞り込む、診断推論というプロセスだ。これはまた、膨大な情報を取捨選択統合していくプロセスでもある。
しかし、診断推論は医師の思考過程の中でも、もっとも複雑なものであるがゆえに、エラーのリスクがある。アメリカのベテラン医師の研究では、外来患者100人当たり少なくとも5人、すなわち20人に1人で診断エラーが認められた。このうち、結果として患者に有害な影響をもたらすのは約半数程度。診断エラーを減らす努力が必要であることが、医学雑誌や学会などでも話題になってきている。
人工知能による診断エラーの予防
最近、中国の広州医科大学の米国のカリフォルニア大学サンディエゴ校との共同研究の結果がNature Medicine誌に掲載された。約130万人以上の小児患者での電子カルテデータをディープラーニングで学習させたシステムによる診断サポートの結果だ。
このシステムは経験ある小児科医に匹敵する95%の正確率を示した。このシステムを構築する際に、専門の医師集団によって、多様な症状と疾患名を一万語のキー用語に整理する電子辞典を作成していた。ビッグデータ由来のシグナルデータについて、キー用語を用いてコンピューターに学習させたのだ。
米国IBMのWatsonもディープラーニングができる人工知能であるが、実際の患者データを入力するのではなく、論文の内容を学習させている点で、今回の米中共同システムとは異なる。東大病院の患者がまれな白血病であることを診断したことで日本のメディアでも話題となった。
また、英国Babylon社が開発した人工知能システムは、すでにルワンダで数万人の人々に利用されている。これは、症例報告論文を学習させたものだ。そのシステムも平均的医師の診断率より良かったという。ルワンダなどのような、医師や検査機器が不足している地域で特に役立つであろう。
日本でも鳥越恵治郎先生らが開発した「病名思い出しツール」は、40年以上前からデータ入力が行われ、和歌山カレー事件での原因毒物の迅速な特定に寄与した世界最高レベルの診断サポートシステムである。このシステム以外にも、阿部吉倫先生や佐藤寿彦先生らのシステムも登場してきている。優れた和製システムが日本も広がることにより、診断改善につながることを期待したい。