参院選を前にしての世論調査で、「アベノミクス」は道半ばだとするものが61%、失敗だとするものが24%という数字が出てきた。この「道半ば」とする人たちは、「アベノミクス」のゴールをどこと考えているのだろう。「アベノミクス」とは第2次安倍政権での経済政策の総称で、13年2月の国会での施政方針演説から始まる。
それから3年経っているが、それでも「道半ば」と言えるのだろうか。
ここで3年前の参院選の時、どうであったかを、毎日新聞6月5日夕刊特集ワイドから振り返ってみる。(以下引用)「私たちは大胆な金融緩和、財政政策、成長戦略、三本の矢でデフレ脱却、経済成長に挑んだんです。あれから半年。日本を覆っていた暗く重い空気は一変したじゃありませんか」と首相が選挙カーの上で呼びかけると、耳を覆うほどの歓声と拍手。(引用終わり)
改めて書くまでもないが、アベノミクスは安倍晋三首相のいう「3本の矢」、即ち
1. 大胆な金融政策
2. 機動的な財政政策
3. 民間投資を喚起する静養戦略
を骨子とした「脱デフレ政策」である。
最大の目標は経済回復で、デフレ脱却であった。その脱デフレの目標として、物価上昇率を「2年で2%達成」とした。それが3年経っても達成できない。「道半ば」などと言えたものではないだろう。「アベノミクス」の第1の矢は「異次元緩和」というショック療法であった。筆者にはこれが、日米の国力の差を省みずに、「2年間は頑張る」といって、太平洋戦争に突入した「真珠湾攻撃」と重なって見える。
緒戦の勝利に沸く昭和17年の正月気分。これが上記の安倍演説と重なる。2年という期間の中、戦局の有利な間にアメリカとの間に講和を結んで欲しい。これが当時の海軍軍令部や連合艦隊司令長官山本五十六の考えであったと言われる。処が、僅か半年後の17年6月に、ミッドウェー海戦で、日本海軍の誇る機動艦隊(空母艦隊)は壊滅的な打撃を受け、日本は敗戦への道へ転がり落ちた。歴史はそう教えている。
日本海軍によるハワイ奇襲作戦の戦果は大きかった。だが、最大かつ必須の目的を果たしていなかった。それはミニッツ提督が率いるアメリカの空母艦隊の撃滅である。黒田東彦日銀総裁の異次元緩和の目的は、金利引き下げによる企業の設備投資増、それに伴う雇用の増、消費の喚起であった。異次元緩和はショックを市場に与えたが、設備投資は起こらず、消費も喚起しなかった。目的を果たせなかったのである。
太平洋戦争に突入した日本の戦略は、「2年間は頑張る」からその間に日本に有利な講和を結ぶというもの。黒田総裁の「2年間で2%の物価上昇」と重なって見える。「2年間は頑張る」の発想の裏には、日米の国力の差を認めている。では、「2年間で2%の物価上昇」の発想の裏にあるものは何だ。それは「デフレさえ克服すれば、経済成長の好循環がある」という発想と言うよりは、願望的妄想だろう。
景気が良かろうが悪かろうが、基本的に誰も「物価上昇」を望まない。これは貧乏人も金持ちも同じである。人々が物価上昇を受け入れるのは、生活が安定し所得が上昇するからである。つまり雇用が安定し、景気が良くなって賃金が上がり、それに伴って物価は上昇する。処が、黒田総裁は金融政策だけで物価上昇が出来ると考えた。庶民にとって、国の経済成長率などは関係ない。あくまで生活なのである。
経済政策の総称として「アベノミクス」という言葉は人心を掴んだのは確かである。だが、何のための、誰のための経済政策なのだろう。そもそも経済政策とは、日本の国民が安心して暮らせる生活、そして出来れば今日より明日は、より豊かな生活を楽しめる。それを求めるものだろう。その目標を物価上昇率にしたのは、デフレ克服後には経済成長の好循環がある、との妄想であろう。
世界経済の現状、次々と新興国経済が発展し、そして行き詰っていく。しかも最大の潜在的経済発展力を持つ中国と仲の悪い安倍政権。その安倍政権で、日本経済が20世紀後半のような経済成長を手にすることができるのか。そういう検証もしないで、昨年9月にアベノミクス第2弾がリセットされた。「結束が大事だ」と説いた毛利元就の訓えに背き、「3本の矢」をばらばらに放つている。
少子高齢化社会と言われるように、日本の人口は減少し始めた。未婚の一因として、4割の若者が「結婚生活にかかるお金」を揚げている。国内の賃金労働者の4割が非正規社員なのだから、当然、こういう数字が出てくる。2010年を100とする実質賃金は5年連続してマイナスで、2015年は94.5である。2000年から比べれば10%以上も減っている。
こういう現実から目を逸らして、2020年の国内総生産600兆円という大法螺を吹いた、アベノミクス第2弾。高度成長期並みの成長率とならない限り到達しない。これでは「道半ば」などではない。それをどうして、61%もの人たちがそう思うのだろうか。それはミッドウェー海戦後の戦果について、日本が「勝った。勝った」と虚偽報道した「大本営発表」を信じている人が多かったのと同じである。
そこで、改めて「アベノミクス」を自画自賛する首相の「大本営発表」を検証する。(下記の数字の一部は、日刊ゲンダイ6月23日号から引用)
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安倍首相はテレビの前で、「有効求人倍率は24年ぶりの高い水準」「雇用が110万人増えた」「正規雇用も26万人増えた」「中小企業の倒産件数は3割減少した」「税収が21兆円増えた」と数字を並べ、「アベノミクスは成功している」「経済は上向いている」と強調する。それなら、なぜ、伊勢志摩サミットで「リーマン・ショックに近い経済状況」と宣ったのだ。また、増税延期したのだと突っ込みたくなる。
首相は「有効求人倍率は1.34」と言うが、これにはからくりがある。24年前の生産年齢人口は約8600万人。今は7600万人。10打数2安打なら2割。4打数2安打なら5割である。分母(=生産年齢人口)が小さくなれば率は大きくなる。求人求職者ともに減っている。一方、正社員の有効求人倍率は0.85に過ぎない。増えたのはパートや非正規社員の求人である。
「正規雇用も26万人増えた」と言うがこれもおかしい。安倍政権3年間で見れば、正規社員が23万人減り、非正規社員が172万人も増えた。非正規社員の占める割合は40%に達する勢いである。今では、ハローワーク相談員など職業安定所の職員の6割が非正規職員だという。日本はまさにブラック・ジョークの国に変わっているのである。日本の社会が二層化している証左であり象徴である。
首相は「中小企業の倒産は政権交代前から3割減少した」と言うが、東京大田区の町工場は2日に1軒消滅している。これもからくりがある。休廃業・解散数は逆に増えており、15年には2万6699件と倒産件数の3倍。倒産とは銀行に借金を返せないから起こる。そこで金融庁は、銀行に返済猶予に応じるよう指導。債務超過分を税金で保証し、融資を継続させ休廃業させる。税金を使う分だけ「たちが悪い」のだ。
首相は「我々が政権を取ってから生活保護費は減っている」「現役世代への給付を8万世帯減らした」と宣った。何を言うかである。若年層の給付が減ったのは、給付基準を厳しくし、生活保護申請を受け付けなくしたからである。それでも今年3月の生活保護受給世帯数は163万5393世帯。2月より2447世帯増えている。さらに、冷酷に、住宅扶助や冬季加算をカットした。給付内容を減額しているのである。
最大の「嘘」は、「国と地方を合わせて税収が21兆円増えた」である。党首討論会で、8兆円は消費増税分だと指摘され、その後「13兆円」と言い換えてはいるが、民主党政権の12年度税収に比べての話。リーマン・ショックによる景気後退と、東日本大震災の影響を強く受けていた12年度と比べて、何の意味があるのだろうか。
野党を貶めるためなら何でもあり。これが安倍「大本営発表」発言の本質である。
(参考)一般会計税収推移 (財務省ホームページより)